木立のトイレ/夢見ヶ崎動物公園














夢見ヶ崎動物公園 木立のトイレ
神奈川県川崎市に位置する夢見ヶ崎動物公園内の公衆トイレの建て替えプロジェクトである。
この動物公園は加瀬山と呼ばれる高台にあり、6ヘクタールを超える緑豊かな森に囲まれている。室町時代の武将・太田道灌がこの地に江戸城の築城を夢見たという言い伝えから、「夢見ヶ崎」という地名が付いたとされている。
敷地はアスファルトの大きな円形広場に面した見通しの良い遊具スペースの一角にある。背後には木立が広がり、地面には木漏れ日が落ち、美しい自然のホリゾントが形成されている。
動物公園内の園路を散策すると、この場所に限らず高台にある公園全体が、森に囲まれ余計な景色のない空と緑を享受できる環境にあることがわかる。
建て替えに際して、この周縁の森と一体となるトイレをデザインすることを考えた。昔からそこにあったような、この先100年もずっとあるような、いつか消え失せてしまってもそれが必然のような、風景となるトイレ、つまり木立のホリゾントである。
設計に際して、行政からは公園というハードな環境でも長寿命であることと、木材利用の2点が主な要望として挙げられた。公衆トイレの事例など含めて検討のを重ねて、内外壁は耐久性を考慮して鉄筋コンクリートとし、屋根を木造とすることで方針が決まった。
デザインは、外壁の打ち放しコンクリートの躯体は太い幹のように、屋根を形成する集成材の格子梁は枝葉のように、異形のサッシに嵌め込まれた合わせガラスは木漏れ日のように、背景に広がる木立の様相を投影した。
外周壁は一般的な壁式コンクリートだと頭つなぎの梁が必要となってくるため、内部に多機能トイレのコアを配置し外周壁の構造負担を減らし梁の表出を抑えている。格子梁はホームコネクターを採用して、金物を隠蔽し、コンクリート壁の上に載せている。なお、自然換気のために勾配方向と直交する格子梁とコンクリート壁との間にはスリットを設けた。躯体に嵌められたガラスは子どもの遊び場が近いこともあり、衝撃も考慮した強化合わせガラスに不透過の飛散防止フィルムを貼っている。
平面サイズは改修前の建物同等という制約があったため、垂直方向にスケールアウトさせることで、4m近くあるのびやかな出入口や異形の開口部が背景に広がる木立と親和性を高めている。
この加瀬山は縄文時代、弥生時代の貝塚や住居跡が出土し、4世紀ごろの前方後円墳である白山古墳も見つかっているという稀有な場所性を秘めている。数千年の営みの前では建築の寿命は僅かなものだと思いながらも、この公衆トイレもその歴史の一部として地域の人たちの暮らしに少しでも寄与すること切に願っている。
場所:神奈川県
用途:公衆トイレ
敷地面積:69,725㎡
建築面積:34㎡
床面積:34㎡
構造:鉄筋コンクリート造+一部木造
規模:地上1階
完成:2025年3月
写真:小島 康敬 / 田邉 杏佳